大判例

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仙台高等裁判所秋田支部 昭和35年(う)45号 判決

被告人 江口坦伸 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人両名を各懲役三年に処する。

被告人両名に対し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

原判決が強盗致傷の本件公訴事実に対し、

被告人両名が昭和三四年四月一八日午後一〇時四〇分頃飲酒の上秋田市四十間堀川反新政酒醸所前道路上で通行中の籾山武儀(当三三年)を認め、同人から金品を強取しようと企て、被告人草[弓剪]が右籾山にいきなり足をかけて路上に転倒させ、手拳で顔面を殴打し、被告人江口が右籾山の頭髪を掴んで東側空地に引つ張り込み、その頭を押えつけているところを被告人草[弓剪]がその顔面を殴打したり左大腿部を蹴りつける等の暴行を加え、その反抗を抑圧した上、籾山から着用していたダスターコートを剥ぎとつてこれを強取した

旨の強盗の事実を認定し、強盗致傷罪の成立を認めなかつた理由として、

強盗罪の構成要件である暴行は被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものであることを必要とするものであるが、かような強度の暴行が加えられた場合、医学的に厳密に診断すれば少くとも僅かな表皮の剥脱、出血、腫張或は短期間内に自然に治癒する疼痛等を認めるのが普通で、かゝる軽微な創傷又は病変は、強盗の手段である暴行々為の殆ど必然的な結果ともいえるからこれを右暴行々為に含ませて考えるのが相当で、刑法第二四〇条の規定する傷害は医学上の創傷又は病変中右のごときものより幾分高度に生活機能に障害を与えるものであることを要するところ、本件傷害は右刑法第二四〇条の規定する傷害に該当しない

と説示していること原判決文に明らかなところである。

刑法上の概念は、それが各法条に同一文言で規定されている場合でも「その立法趣旨、構成要件の態様等に照らして合理的に決定されるべきもので」、そのため概念内容に差異を生じることがあり得ることは原判決のいうとおりである。しかしながら刑法第二四〇条前段の規定する強盗致傷罪は「強盗たる身分を有する者が強盗の実行中又はその機会において人に傷害の結果を発生せしめるにより成立する強盗罪と傷害罪との結合犯」であり(最高裁判所昭和二三年(れ)第一六一七号同二四年三月二四日第一小法廷判決、刑集三巻三号三七六頁参照)、強盗の機会に人に傷害を負わせた情状を以つて特に刑の加重原因としているにすぎないのであるからその手段である暴行が一般「暴行」概念(刑法第二〇八条)と異なり相手方の反抗を抑圧するに足る高度のものであることを要すること、或は同罪の法定刑が一般強盗罪の法定刑(五年以上の有期懲役刑)に比し重刑(無期又は七年以上の懲役刑)であることを理由に強盗致傷罪の構成要件である「傷害」が一般「傷害」概念(刑法第二〇四条)と異なり幾分高度の傷害たるを要すると解する必要も理由もないというべきである。もつとも刑法上の「傷害」の概念は医学上の概念ではなく法律上の評価を伴う概念であるから両者間に差異のあり得ることも亦原判決のいうとおりで、刑法上の「傷害」とは人の身体に損傷を加え、身体の完全性乃至健康状態を害することを意味するから、極めて軽微な表皮の剥脱、出血、腫張等通常人の日常生活において殆ど意に介しない程度の創傷は刑法上の傷害というべきではないが、「人の健康状態に不良の変更を加えたものと認められる場合には軽微な傷でも刑法にいわゆる傷害と認む」べきで(最高裁判所昭和二四年(れ)第二〇五五号同年一二月一〇日第二小法廷判決参照)このことは強盗致傷罪における傷害の場合でも同一に解すべきである。

以上の見解に基いて本件傷害の程度につき検討すると、証人籾山武儀の原審及び当審公判廷における証言、証人川原田弘の当審公判廷における証言、医師川原田弘作成の診断書によれば、本件の被害者籾山武儀は被告人両名に手拳で両頬を殴打され、更に左大腿部を蹴られて顔面及び左大腿部に挫傷を負い、特に左頬部には簿紫色の皮下出血及び腫張をおこし、三日後の四月二一日に医師川原田弘の診断をうけた際には殆ど加療を要しない程度にはれもひき、皮下出血もおさまつていたが尚患部を冷すように注意され、その晩水で冷したが、そのうちに全治したことが認められる。してみれば被害者籾山武儀の蒙つた本件創傷は通常人の日常生活で一般に看過される程度の軽微なものとはいい難く、反つて身体の生活機能に損傷を与え、人の健康状態に不良の変更を加えたものと認めるのが相当であり、刑法上の傷害に当るといわねばならない。

そうすると原判決が強盗致傷罪における傷害は一般の傷害罪における傷害より幾分高度のものであることを必要とすると解し本件被害者の蒙つた創傷は強盗致傷罪の構成要件としての傷害とは認められない旨判示したのは刑法第二四〇条前段の解釈適用を誤り、ひいては事実誤認の違法を冒したもので、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。検察官の論旨は理由がある。

長谷川弁護人の控訴趣意について。

所論は、被告人草[弓剪]は相被告人江口と共に被害者籾山に対し暴行を加えたことはあるが、同人よりダスターコートを奪つたのは江口で、被告人草[弓剪]は金品領得の意思も、江口との共謀もなかつたから、右暴行により傷害をうけたとしても傷害罪の責任を負うにすぎず、仮にそうでないとしても右暴行の程度は強盗罪にいう暴行の程度に当らないから恐喝罪と傷害罪が成立するにすぎず、強盗罪は成立しないというのである。

先ず所論前段については原判決挙示の証拠に後段認定の本件犯行に至るまでの経緯を綜合すれば被告人草[弓剪]が相被告人江口と共謀し、籾山に対し所謂「因念をつけて」その着用するダスターコートを奪取したことを優に認めることができ、所論は独自の見解にすぎず採用できない。

次に所論後段につき、相被告人江口については職権を以つて本件が強盗傷人罪を以つて処断すべきかどうかにつき検討を加えると、暴行又は脅迫を以つて他人の財物を奪取した場合、強盗罪の外恐喝罪が成立する場合もあり、両者の法定刑には著しい差異があるから強盗罪の成立を認めるには慎重たらざるを得ないのであるが、「他人に暴行又は脅迫を加えて財物を奪取した場合に、それが恐喝罪となるか強盗罪となるかは、その暴行又は脅迫が社会通念上一般に被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものであるかどうかと言う客観的基準によつて決せられるのであつて」(最高裁判所昭和二三年(れ)第九四八号同二四年二月八日第二小法廷判決、刑集三巻二号七五頁参照)、特に犯行の場所、時刻、暴行脅迫の態様(凶器の有無)、程度(受傷の程度も含む)、加害者と被害者との勢力関係等を特に考慮することになるが、本件については更に被告人等において他人より金品を強奪しなければならない程の動機があつたかどうかについても留意しつゝ検討すると、記録及び当審における事実取調の結果によれば、

1、被告人江口は秋田商業高校を卒業後秋田市茶町梅ノ丁那波伊四郎経営の洋紙店で店員として働いており、以前傷害罪で罰金三千円に処せられた外特段の前科はなく、同草[弓剪]は中学校卒業後同町梅ノ丁那波京吉経営の謄写印刷店に勤めて現在に至り、前科はないこと。

2、被告人両名は仕事の関係で互に知合い、印刷所の野球試合等で親しくなり酒を飲み交す仲となつたこと。被告人両名は昭和三四年四月一八日仕事を終えてから野球のキヤプテンをしていた中谷喜代治より誘われて、秋田市手形村上某宅で酒を御馳走になり、同日午後七時同家を辞したが、路上で酔余些細なことで五、六名の青年と喧嘩をし、その際被告人草[弓剪]は腕時計を紛失することなどあつて、被告人両名は気分を害し、同市川反方面で酒を飲み直すため歩き出したが、途中無燈火で自転車を運転していた通行人に因念をつけ、露地につれ込んで殴りつけ定期券をとり上げうつ憤をはらしたりしたこと。

3、被告人両名は秋田市川反でバーを飲み歩き、同日午後一〇時四〇分頃原判示路上を帰りかゝつた際、後から来る籾山武儀を被告人江口が認め、同草[弓剪]に「いゝかもが来た。お前因念をつけろ」といつて両名で路上で待ちうけ、傍を通りかゝつた右籾山を被告人草[弓剪]が足を出して路上に倒し、因念をつけ、原判示のごとく被告人両名において籾山の顔面を殴打し、頭髪をつかんで露路に引張り込み、「金をもつていないか」「レインコートを脱げ」等申向け、この要求に応じなければ更に暴行を加える態度を示し同人に威圧を加えたゝめ、同人は止むなくその着用するダスターコートのぼたんを外し被告人等の奪取にまかせたこと。

4、犯行場所は人家が密集しており、当時人通りはなかつたが秋田市川反の繁華街より左程離れておらず、又被害者籾山は被害当時飲酒していたが反抗が不能な程には酩酊していたと認められないこと。

5、被告人等は何れも素手で暴行を加えたに止まり、籾山の受傷の程度は前認定の通りであつて、暴行の程度も左程著しいものとは認められないこと。

以上の各事実が認定でき、これ等を綜合すると、被告人両名が籾山武儀から金品を強取しようと企てたこと及び同人に対する暴行の程度がその反抗を抑圧するに足る程度のものであつたことは何れも認め難く、被告人等両名の本件所為は恐喝罪と傷害罪を構成するにすぎないというべきで、したがつて強盗罪を以つて処断した原判決はこの点でも事実を誤認した結果法律の適用を誤つたもので、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決は破棄を免れない。弁護人の論旨も理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人両名は昭和三四年四月一八日夜連れだつて秋田市川反のバーを飲み歩いた上、同日午後一〇時四〇分頃同市四十間堀川反新政酒醸所前道路上を帰りかゝつたが、その際後から籾山武儀(満三三年)が酩酊して歩いて来るのを認め、同人に因念をつけて金品を捲き上げようと共謀の上、被告人草[弓剪]において側を通りすぎようとした右籾山の前方に足を出して同人を路上に転倒させ、同人が起き上ろうとするところを手拳で顔面を殴打し、被告人江口において右籾山の頭髪を掴んでその東側露路に引張り込み、被告人草[弓剪]において更に同人の顔面を殴打し、左大腿部を蹴りつける等の暴行を加え、「金はないか」「コートを脱げ」等申向け、同人に対し右要求に応じなければ更に如何なる危害を加えられるか知れない気勢を示して威圧を加え、その場で被告人江口において同人からその着用するダスターコート一着(証第一号)を取り上げてこれを喝取したが、その際右暴行により同人に対し全治数日を要する顔面及び左大腿部打撲傷並に皮下出血の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法律の適用)

被告人両名の判示恐喝の所為は各刑法第二四九条第一項、第六〇条、同傷害の所為は各同法第二〇四条、第六〇条、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に該当するから、後者につき各所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により重い恐喝の罪の刑につき各併合罪の加重をした刑期範囲内において被告人両名を各懲役三年に処し、情状を考慮し、同法第二五条第一項に則り本裁判確定の日から四年間右刑の執行を各猶予することゝし、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条本文により被告人両名の連帯負担とし主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 小友末知 石橋浩二)

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